【 聖徳太子ひのもと会 】 TOP 予定と足跡 アルバム ゆかりの地 薨去1400年
令和3年 (2021年) 〜 令和4年 (2022年)
聖徳太子 薨去1400年を記念し、色々な催しをいたしました
100年に一度の幸運に恵まれ、盛大に活動できました。その貴重な体験の記録です
聖徳太子さまのゆかりの寺院で法要が執り行われたり、色々なイベントなどが多くおこなわれました
それらに参加したり、そのほか独自に、聖徳太子さまのゆかりの所を参らせて頂きました
四天王寺の聖霊会 ( しょうりょうえ )では、舞楽・雅楽が奉納されます
木津屋のご先祖が立ち上げた「 天王寺楽所 雅亮会 」が、天王寺舞楽として活動しています
写真 : 2017年 四天王寺 聖霊会
令和3年〜4年にかけて、聖徳太子さまのゆかりの霊場などに参りました
令和3年4月18日 (日)
お参り
聖徳太子さまと木津屋のご先祖が共に戦った地です
聖徳太子1400年御聖諱 ( ごしょうき )
秘仏 救世観音菩薩、お参り
特別開帳です
陵 ( 藤ノ木古墳 )に、お参りしました
法隆寺128世管主 田良信さんの説
〜 崇峻天皇と穴穂部皇子の御廟
崇峻天皇 : 聖徳太子の叔父
木津屋のお墓参り → 天皇陵
聖徳太子さまの御廟に、お参りしました
+ 非公開の所、お参り
木津屋のお墓参り → 天皇陵
令和3年4月22日 (木) 聖霊会が執り行われました
特殊なお参り
令和3年4月26日 (月)
法隆寺128世管主・聖徳宗第5代管長 田良信 お命日
四天王寺 聖霊院 ( 太子殿 ) お参り
+非公開の所 お参り
令和3年7月7日 (水) 大雨・雷
令和3年7月18日 (日)
滋賀県大津市水明
聖徳太子の命で色々な仕事をした小野妹子
時にはそばで 時には遠く離れた地で
小野妹子公園から望む琵琶湖
滋賀県には、聖徳太子さまゆかりの地もたくさんあります
小野妹子 ( ononoimoko.org )
令和3年9月19日 (日)
聖徳太子さまがお生まれになった明日香
小野妹子末裔、秦河勝末裔、法隆寺つながり、百済つながりの人も集い、とても意義のある会となりました
くわしくは → 木津屋の旅
令和3年10月17日 (日)
千四百年御聖忌記念特別展
「 聖徳太子 日出づる処の天子 」
四天王寺七宮
聖徳太子さま創建
四天王寺七宮
小野妹子末裔、秦河勝末裔、法隆寺つながり、百済つながりの人も集い、とても意義のある会となりました
くわしくは → 木津屋の旅
令和3年10月22日 (金)
和宗総本山 荒陵山四天王寺 (こうりょうざん してんのうじ)
聖徳太子さまが立てられたお寺
聖霊院 ( 太子殿 )
猫の門から、僧侶と楽人が入ってきました
舞楽
法要のはじめに舞が舞われる
振鉾 ( えんぶ )
木津屋のご先祖が立ち上げた雅亮会が、舞楽・雅楽を担う
箱に収められた経典が運ばれる
法華経がを奉じられました
法要の中で、色々な舞が舞われる
聖徳太子千四百年御聖忌 慶讃大法会
慶讃大法会 日程 → 慶讃法要( shitennoji.or.jp )
令和3年11月23日 (火)
聖徳太子1400年御聖諱 ( ごしょうき )
佐伯定胤大僧正 ( じょういん ) お命日 七十回忌
法隆寺103世管主。 聖徳太子 薨去1300年の法要を執り行う
くわしくは → 木津屋の旅
令和3年11月28日 (日)
鵲森宮 ( かささぎ もりのみや )
元、四天王寺がご鎮座していた地
御祭神
聖徳太子
用明天皇
穴穂部間人皇后
↑ 北海道のふーちゃんは、この日、四天王寺にもお参り
令和4年1月23日 (日)
聖徳太子さまのご縁、秦河勝のご縁、法隆寺のご縁、百済のご縁、達磨寺のご縁の人が集って参り、とても意義のある会になりました。達磨寺のご住職さまともお会いでき、聖徳太子坐像のお帰りとも時が重なり、1400年前からのお導きを感じました。
聖徳太子賜姓 日下
くわしくは → 木津屋の旅
令和4年2月16日 (水)
聖徳太子さまのお告げにより開かれたたお寺
開祖 : 良忍( りょうにん )
経蔵
聖應大師 良忍の像が安置されています →
四天王寺さんと大聖将軍寺( たいせいしょうぐんじ )のちょうど中ほど
令和4年2月22日 (火)
千四百年御聖忌御正當法要
令和4年2月23日 (水)
くわしくは → 木津屋の旅
令和4年3月21日 (月) 春分の日
西大門 石鳥居
扁額の真上に夕陽が沈んできます
極楽門にて、法要
← あきこさん撮影
極楽門の東側から夕陽を望む
極楽浄土の聖徳太子さまに想いを馳せました
極楽門を背に、記念撮影
天王寺
額の真上に夕陽が沈んできてますね
令和4年4月22日 (金)
聖徳太子千四百年御聖忌
結願法要 聖霊会
六時堂と、その前の石舞台
舞楽 奉納
六時堂
宝物館で聖徳太子さまのゆかりの品を観る
用明天皇のお社
聖徳太子さまの父です
猫の門で、記念撮影
出逢った同朋に、撮って頂きました
まだまだ続く結願法要
令和4年5月22日 (日)
聖徳太子さま、開基のお寺、鏑射寺 ( かぶらいじ )
くわしくは → 木津屋の旅
令和4年6月12日 (日)
神功皇后( 息長帯比売命 )が船をつないだとされる岩
檀特山 ( だんとくさん ) 聖徳太子さまが修行をしたお山
ここからは、思いもよらぬ本格的な登山となりました。 日傘、高い靴、ハンドバッグ(笑)
↑ 権現山の方角を望む
檀特山の頂上で、「 天上天下唯我独尊 」
聖徳太子さまは、仏教を護りました
「 天上天下唯我独尊 」の本当の意味を知れる会 → 木の津の集い
二人の後ろで見守るように飛ぶアゲハチョウ ↑
岩のくぼみは、聖徳太子さまの愛馬 ( 黒駒 )の蹄跡と伝えられています
聖徳太子さまが、馬の修行をされたとのことです
歴史楽劇 「 和をもって貴しとなす−幻説 聖徳太子− 」
丸尾建築あすかホール 大ホール
桜花昇ぼるさん TAEKO GLORYさん ほか
和をもって貴しとなす (太子町のページ)
桜花昇ぼる (公式サイト)
太子町長の服部千秋さんとお話ができました。 聖徳太子さまの導きで参りましたが、太子町長に見送られて、あすかホールを出ることとなり、兵庫県太子町とのご縁を強く感じました。
斑鳩寺 ( いかるがでら )
令和4年7月21日 (木)
7月未明 命日
椋の木の中に聖徳太子さまが祀られています
令和4年8月4日(木)
聖徳太子さまを偲んで
↓ 大きな松明でお清め
↑ 4本の松明に火が移され、篝に火が灯されました
あたりが暗くなってきました
いつもより早く始まりました
夕焼けを背にきれいな講堂
天王寺楽所 雅亮会
四天王寺さんで友だちと会い、お茶タイム ↓
舞楽・雅楽をはじめ、なにわの文化、歴史などについて語り合う
令和4年10月9日(日)
聖徳太子さまを救った信貴山
四天王寺ができる元となりました
くわしくは → 木津屋の旅
令和4年12月25日(日)
聖徳太子 薨去1400年の会 結願
くわしくは → 木津屋の旅
【 お参りの候補 】 お参りできなかった所は、聖徳太子ひのもと会、木津屋の旅で!
写真 : 叡福寺
奇しくも、木津屋の創業310周年と重なりました。大きなご縁と感じます。
木津屋の「 木 」は、聖徳太子さま創建の四天王寺を建立した「 木 」 です。
→ 木津屋の歴史
この聖徳太子さまゆかりの「 木津 」の名を冠したものは、極めて希少になっており、また310年の長きにわたり継承されてきたことに、敬意をもって執り行いなました。
聖徳太子は1400年以上前、今に繋がる日本の礎を築きました。すべての日本の国民が、その恩恵に浴してると感じています。
「十七条の憲法」は、法というものの原型です
外交にも力を注ぎ、木津屋のご先祖 小野妹子を隋(中国)に派遣しました
→ 遣隋使 ( ononoimoko.org )
偉大な政治家だけにとどまらず、日本の守護神としてのはたらきもあり、今も、信仰される人々の心の支えとなっています
100年後の薨去1500年に向けて、聖徳太子さまの会が発足いたしました
内容は決まっていませんが
★ 入会を希望される方は、お知らせ下さい
会のページ → 聖徳太子ひのもと会
鵲森宮 ( かささぎもりのみや )
元四天王寺
聖徳太子 薨去1400年の会、結願のご挨拶と、未来へのご誓願
↑ 奇しくも、写真映りが先代の石崎正明宮司に似ている気がします
御祭神
聖徳太子
用明天皇
穴穂部間人皇后
薨去から満1400年の御年の大晦日
令和4年12月31日 十三世 木津屋治郎兵衛