平成の木津屋

伝統を守り、商いの継承。

《商いを、継承していくことの意義》

清朝時代の薬箪笥

 現在の木津屋は、大阪南堀江に小さく店を構えてございます。戦前まで本家がございました所から、ほんの200メートル程の所でございます。江戸時代は、この辺りは「玉手町」と呼ばれておりました。また、堀江の新地開発前までは、「北新町」と申しました。

 現在の商いの中身は、漢方に基づく健康食品と十三世が起業した洋服のお直しを主としております。
 また戦後も、歴代から継承した掛屋敷は形を変えて続いてまいりました。

 商家から発展した日本の主要な財閥も、時代時代に商う品を変え、長年生き延びてきたのが現実でございます。例えば、大坂の豪商「鴻池屋」は、酒造業から海運業、金融業へと変貌し発展していきました。また、三菱発祥の当時、自動車も携帯電話もございませんでしたが、現在はそれらを取扱っています。ですから、時代と共に扱う品物が変わっていっても、何等不思議なことではございません。しかし、できることならば、歴代の扱ってきた「からだを治す」商いを大きくしていきたいと、木津屋は考えております。

 そして最も重要なのは、「商い」を続ける。そして「商い」を継承できる状態にするということでございます。22世紀の世にも、木津屋治郎兵衛が生き続けているように力を尽くします。


薬箪笥の引き出し 【写真】中国、清朝時代の薬箪笥でございます。100年以上前の品になります。表面は修復されていて意外と綺麗ですが、引き出しの中は、とても歴史を感じさせられる状態でございます。この薬箪笥は、木津屋の店先でご覧になって頂けます。



《歴史あるお客様》

 当家で最も歴史のあるお客様は、およそ70年のお付き合いをさせて頂いております。もちろんお客様の代は替わられています。そして当家の代も替わっています。「代が替わっても、商いが受け継がれていく」ということは、とても素晴らしいことだと感じます。誠に感謝いたしております。


老舗商家の再興

 創業300年になる老舗の「木津屋」は、過去の歴史としての文化財のようなものでなく、今も尚、走り続けていることに意義がございます。木津屋治郎兵衛は歴史上の人物ではなく、平成の世に生きる商人(あきんど)です。また、これから先の300年も走り続けていくことでしょう。
 大阪大空襲を経て、私が先代の木津屋治郎兵衛から継承できた物は、物質的にはたいそう目減りしたものでございました。しかし、長い「木津屋」の暖簾、歴史、精神、そして、「歴代木津屋治郎兵衛が、未来の継承者に託した思い」という、とても大きなものを譲り受けることができました。
 この宝物さえあれば、木津屋治郎兵衛は脈々と受け継がれていくことでしょう。


今尚続く、戦後復興

 「木津屋」の戦後復興は、まだ終わっておりません。というよりは、始まったばっかりでございます。復興なきまま、何とかやり過ごしてきたというのが正しいところでございます。今尚「木津屋」は、大阪大空襲の後片付けを行っています。この仕事は、まだまだ続くと思われます。昭和21年3月13日の夜、大阪大空襲によって分断され、粉々になった時間の流れを、一つ一つ繋いでいく作業を行っています。これが終わった時、木津屋の戦前戦後が繋がり、戦後復興ができた時でございます。


創業時の豪商

 豪商と呼ばれ、現在まで継承されているような大店も、創業時は、ささやかな商いであったものが殆どでございます。
 老舗デパートの高島屋は、創業時、間口2間の零細店で、しかも、古着や安価な木綿の品を扱う商いから店を起こしました。また、天下の越後屋も、創業時はわずか間口1間半の小さなお店でございました。(1間:約1.8メートル)
 これらの豪商と呼ばれた商家も、創業時は現在の「木津屋」の規模とさして変わりません。よって「木津屋」も、これからの日々の商いの如何で、店の未来がどうにでもなると言え、現在の商いの規模を悲観することは全くないでしょう。


商家の半纏

 半纏(はんてん)は、江戸時代から商家で良く使われました。木津屋で現在使っている半纏(印半纏)を紹介いたします。

半纏(はんてん)半纏(はんてん)写真左:創業正徳元年 木津屋治郎兵衛

写真右:厩戸豊聡耳命 大徳小野臣妹子 小野日下義持
(聖徳太子様、小野妹子と日下家始祖)


半纏(はんてん)半纏(はんてん)右の小豆色の半纏:同じく女性用の半纏でございます。


 法被(はっぴ)と混同されがちですが、法被と半纏は別のものでございます。半纏は商家の作業着のようなもので、屋号や家紋などが染め抜かれたものを印半纏(しるしばんてん)と呼びます。


現在の生業

アンティークミシン 今の「木津屋」の主たる生業(なりわい)の一つは、洋服のお直しでございます。縁あってこれを家業とさせて頂き、四半世紀が経ちました。さて、「お直し」と言いますと、伝統の家業も「お治し」でございます。漢方薬と和薬により、人の病や傷を「お治し」してまいりました。取扱う家業が変わっても、「なおす」という心は同じでございます。これも何かのご縁ではと感じております。


 もう一つの生業は、漢方の考えに基づいた健康食品の商いでございます。健康を根底から支える「岩塩」もお奨めしております。岩塩のページもご覧下さい。

 現在の生業に関しては、外部リンクhttp://www.yuki-room.com/をご覧下さい。


古民家再生

古民家再生 今の木津屋の建物は、築60年の古民家でございます。構造体は、近頃の民家と違い、とても興味深い造りになっております。さらに、建築の時より古材が使われており、より深い味わいがございます。

 その良さを生かすべく、「古民家再生プロジェクト」を行っています。


 当家の屋号「木津屋」に「木」の字が入っています。これは、四天王寺を建てる時に使われた「木」に由来します。このようなこともあり、木津屋では家の古い木を、末永く大切にしていきたいと考えています。

 商いをしながらの、のんびりとした取り組みですので、時間はかかっておりますが、少しずつ、趣のある仕上がりになっていっております。どうぞ、お楽しみ下さい。


 「木」にまつわる詳しい歴史 →「四天王寺建立