八坂神社

【 八坂の会 】 TOP 予定と記録 文献 祇園信仰


八坂神社の創祀

伊利之

 京都の八坂神社は、当家のご先祖が創祀(創建)したとされています

 スサノオノミコトを祀り始めたと伝わる伊利之( いりし )です

 八坂神社の歴史 ( 八坂神社のサイト )


神社の創祀と創建

 創祀は、神様を祀り始めるということで、創建はお社を建立することと考えます。当家のご先祖が創祀した時には、今のような立派なお社は建立されていないと考えます


八坂造

旧境内 円山公園


 八坂造( やさかみやつこ )の姓(かばね)を賜り、長き代に渡り祇園社(八坂神社)の長、執行(しぎょう)でありました

 祇園社を守る一族は、後に、宝寿院と呼ばれるようになりました


八坂神社の境内であった円山公園 ↑

 【 祇園 】

 京都 八坂神社は、かつて祇園社、祇園神社、祇園感神院と呼ばれていました


祇園祭

 平安時代、当家のご先祖である八坂造により始められました


津島神社

堀田氏

 祇園社20代目のころに、ご先祖は尾張(愛知県)の津島神社に移り、代々祭祀をおこないました

 祇園から移った堀田俊重は、尾張津島天王の初代の祠官となり、堀田家代々の子孫に受け継がれていきました


國懸神宮

紀氏

 鎌倉時代に紀氏( きうじ )の血が入り、皇別紀氏を称するようになりました

紀氏が祭祀をおこなう日前神宮・國懸神宮



小野氏

 その後、堀田家のご先祖が小野氏に婿養子に入ったことから、八坂造の血が日下家へと受け継がれました

小野氏と日下家 → 日下


 【 武家 】

 社家の堀田家から武家になる流れがあり、小早川家、豊臣家、徳川家に仕えます


 【 八坂神社 社伝 】

 京都 八坂神社の起源は、二つ語られています


 ご先祖や子孫というのは血筋のことであり、すべてが宗家ということではありません (20代で津島神社へ)


八坂の会

 八坂神社、スサノオのミコトと親しむ会です。ごいっしょに楽しんで頂ける人を募っています

 会費はございません。お電話、メールでお知らせ下さい


 令和五年四月八日啓示、令和五年四月九日発起

 発起人 : 八坂造の子孫、日下治郎兵衛( くさかじろべい )  〜 創祀者から43代目


弥栄

スサノオノミコト


 弥栄(いやさか)な活動をしていきたく想います


 ● スサノオノミコトを祀る神社の参拝

 ● スサノオノミコト、八坂神社の研究


 【 お参りの予定 】 〜 ごいっしょ頂ける人を募っています 〜

 ● 7月17日 (24日)  京都 祇園祭

 ● 法観寺(八坂の塔) 聖徳太子さまが創建したとされる

難波八阪神社


 やさか神社、およびスサノオノミコトをお祀りの神社は、たくさんあります

 八坂神社のつながりの、弥栄神社(彌榮神社 彌栄神社)、八阪神社、祇園神社など名称の神社もあります


木津屋の地ゆかりの難波八阪神社 ↑



八坂とのご縁

 発足前からの、八坂神社、スサノオノミコトとのご縁


彌榮神社


 彌榮神社 (生野区桃谷)


八坂神社 上のやさかさん


 八坂神社上の宮 (大正区三軒家東)

 天保4年9月1日 京都祇園神社より勧請

 明治41年7月 難波嶋町 八坂神社(慶安4年御鎮座)を合祀


杭全神社


 杭全神社 (平野区平野宮町)


中道八阪神社


 八阪神社 (東成区中道)


海老江八坂神社


 海老江八坂神社 (福島区海老江)


難波八阪神社


 難波八阪神社

 2013.2.24



 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を    すさのおのみこと



 【 八坂の会 】 大阪府大阪市西区南堀江4-23-27 木津屋   06-4391-0704


ページの上に戻る