米田屋治郎兵衛

十三世 木津屋治郎兵衛の御先祖、名棟梁 米田屋治郎兵衛。

米田工務店

 豊臣秀吉の時代にはすでに創業しており、近年までとても大きな仕事をしていました。残念ながら、インターネットの普及前夜に廃業してしまい、ネット上にも殆ど名前が見られません。このまま歴史から消え去るのでは、あまりにも寂しい限りですので、このページでご紹介いたします。

宮大工

 豊臣秀吉の時代からの創業と伝わり、寶暦(宝暦)年間には創業していた記録が残っております。元は宮大工をしており、現在までに記録が残っている仕事だけでも、住吉大社、石清水八幡宮、大江神社、堀越神社などの工事に携わっています。
天王寺区茶臼山町の堀越神社は、十三世木津屋治郎兵衛から数えて4代前の米田金次郎の縄墨により本殿が建てられ、記録も残っております。

堀越神社

堀越神社

 堀越神社は、熊野第一王子之宮で知られる聖徳太子創建の社で、御祭神は崇峻天皇でございます。米田金次郎による神殿は太平洋戦争で消失し、現在の神殿は戦後に建て直されたものでございます。現在は、道路拡張などにより境内が小さくなりましたが、昔はとても広い敷地の神社でございました。


住吉大社

住吉大社

 摂津国一の宮である住吉大社の工事に携わっております。

 どのお社に関わったかは、まだ調べておりません。


大江神社

大江神社

 大阪は夕陽丘の大江神社

 天王寺七宮の一つです。


石清水八幡宮

石清水八幡宮

(つくりかけ)



名跡襲名

 十三世木津屋治郎兵衛から数えて3代前の米田治郎兵衛(よねだじろべい)は幼名を米田慶治郎と申しましたが、米田家の代々の慣わしにより、治郎兵衛の名跡を襲名いたしました。その父は米田勝治郎と申しますが、こちらも米田治郎兵衛を襲名しております。宝暦年間の中興の租である米田屋治郎兵衛までは確認出来ておりますが、やはり、木津屋同様、代々治郎兵衛の名跡を襲名しておりました。


米田屋の覚書

 大阪府大阪市天王寺区逢坂1丁目1番7号 四天王寺の西側にあたります。
この辺りは、飛鳥時代創業の「金剛組」等、老舗の工務店が多くございました。四天王寺さん等の宮大工に起源を持つ所もあるようです。

夕陽丘図書館

近年の建築

米田工務店


天王寺動物園写真上:大阪府立夕陽丘図書館(現関西特許情報センター)

写真左:天王寺動物園ゲート


源聖寺の本堂東榮山源聖寺

写真左:東榮山源聖寺

南隣にある「源聖寺坂」の名は、この源聖寺に由来します。「源聖寺坂」は天王寺七坂の一つ。



聖徳太子

 四天王寺創建の聖徳太子様は、大工の神様としても知られております。大工技術の始祖として四天王寺境内の番匠堂(ばんしょうどう)というお社にお祭りされております。


米田姓のルーツ

 古い歴史があるようですが、詳細は未調査でございます。四天王寺さんのお膝元という事もあり、ルーツは四天王寺の創建にまでも遡るのでは?」と夢が広がったりもいたします。とある統計に拠りますと、日本で300番目位に多い姓で、関西では奈良県に多いようです。詳しい事をお知りの方がいらっしゃいましたら、是非教えて頂きたく存じます。宜しくお願いいたします。


出版物

「近代大阪の建築」 編集:社団法人大阪建築士会 発行:鰍ャょうせい
「新建築住宅特集 1999年6月号」 発行:新建築社
「伊藤萬五十年史」 伊藤萬株式会社 昭和8年発行
「伊藤萬百年史」 伊藤萬株式会社 昭和58年11月1日発行